ジェルネイルの硬化熱とは
ジェルネイルをされたことがある方ならば、恐らく誰しもがジェルネイルの硬化熱で熱い思いをされたことがあると思います。
私も開発段階で、特にハードジェルを作って欲しいという依頼があった時に、多官能アクリレートを多く入れた組成を検討し、自爪に塗ってLEDライトで硬化させた時に、ライトから勢いよく手を引っこ抜き、悶えるほどの痛みを経験したことがあります。
カラージェルではあまり感じることのない硬化熱ですが、爪に近いベースジェルや、厚みを持たせることの多いトップジェルでは硬化熱を感じることが多いと思います。
ジェルネイルの硬化は、化学反応です。
化学反応は、多くの場合熱力学にコントロールされています。
つまり熱が発生するということです。
例えば、カイロなどは鉄粉と酸素との化合(酸化)によって酸化鉄になることにより、熱が発生しし、温かく感じます。
これと同じようにジェルネイルも硬化する際に、アクリレート基の二重結合同志がラジカル種によって結合する時に熱が発生します。
つまりアクリレート基が結合する分だけ熱が発生します。
アクリレート基の結合は多ければ多いほど硬化後に硬いジェルネイルが得られます。
硬さを必要とするトップジェルには多くのアクリレート基が含まれており、更に厚く盛る為、使用するトップジェルも多くなり、含まれるアクリレート基も多くなって、結果として異常な熱さを派生させることに繋がっています。
しかしトップジェルからアクリレート基を減らすと、硬化後に柔らかいトップジェルとなってしまい、傷がつきやすい、艶が出にくいなどの問題が起きます。
なので各メーカーはそのバランスを考えながら、トップジェルの設計をしています。
硬化熱を減らすためにできること
今あるジェルネイルを使って硬化熱を減らすことはできるでしょうか。
答えはイエスです。
先ほど述べた様に、トップジェルで特に熱いと感じるのは、盛る為です。
美しい見た目のジェルネイルにするためにはハイポイントを作る必要もありますし、爪がガタガタの人の場合、ベースジェルですべてを埋められれば良いですが、埋めることができなかった場合、カラージェルにもそれが反映され、結果的にトップジェルでその段差を埋める必要があるかもしれません。
更にラメ系のカラーを使った時にはカラーがボコボコになりやすく、またストーンなどを埋めた時には顕著にその付近にトップジェルを沢山使う必要があります。
ではどのように減らすことができるのかと言うと、一度に使うトップジェルの量を減らすことが一番の手です。
ストーンを埋めるのであれば、まずストーン周りだけ止めてしまい、次に薄く全体にトップジェルを乗せ、最後に段差を埋めるようにトップジェルを更に掛けるといった方法が考えられます。
または通常のカラーであっても、まずはカラージェルの保護として薄くトップジェルを乗せ、硬化後そのあとでハイポイントを作るようのトップジェルを乗せるような方法が好ましいです。
しかし、こうした方法はセルフネイラーであればできるかもしれませんが、時間との勝負があるサロンワークにおいては難しいと思います。
そこでサロンワークでは、低照度のライトと高照度のライトを使い分けることをオススメします。
具体的には、6W程度のLEDライトでまず硬化させ、続いて32WLEDなどを用いてしっかり固めるのが良いと思います。
32WLEDライトに1秒だけ入れるといった手法もなくはないですが、それでもその瞬間に硬化は始まるので、熱さを感じることは大いにあり得ます。
ネイル用のライトが、6Wモードと32Wモードのどちらも携えていて、仮硬化に5秒だけ6W照射とかできたら良いと思います。
ぜひ各メーカー様、そのアイデアでライトの製造お願いします。
ネイルラボを運営する松風から硬化熱の少ないトップジェルの特許が申請されていた
トップジェルの硬化熱は研究者として、何とか下げたい気持ちでいっぱいですが、艶や硬さとのトレードオフであることを考えるとできることが少ないというのが現状でした。
アクリレート基の結合だから発熱が大きいのであって、アクリレート基でなければ硬化熱が少ないのではないか?と考えられて近年ジェルネイルでも取り入れられているのがチオールです。
チオール(SH)とはアルコール(OH)のO(酸素)がS(硫黄)に変えられたものです。
硫黄はご存知の通り、温泉などにも含まれているところがあり、独特の匂いがあります。
チオールもまた独特の匂いがあり、決して良い匂いとは言えません。
ただアクリレートも匂いがあるので、配合率によってはそこまで気づくほど臭いの匂いがするということもありません。
このチオールを配合することで、トップジェルの硬化熱はぐんと下げることができます。
松風から申請された特許は、
【請求項1】 (A)1分子内に、少なくとも1個以上の(メタ)アクリレート基、及び少なくとも1個以 上のウレタン結合を有するウレタン(メタ)アクリレートオリゴマー (B)1分子内に2個以上のチオール基を有する多官能チオール化合物 (C)(A)成分及び(B)成分に該当しない、1分子内に1個以上のラジカル重合性不飽和結合 を有するラジカル重合性化合物 (D)光重合開始剤 (E)連鎖移動剤、 を含有することを特徴とする光硬化性人工爪組成物。
といった第一クレームになっており、チオールが含まれていることがわかります。
加えて、連鎖移動剤がミソです。
松風の申請された特許によると、
光重合促進剤を使用する場合の含有量は、用いる光重合促進剤の種類等に応じて適宜設定することができるが、(A)~(C)成分の合計を100重量部として、通常は0.1~5. 0重量部とすることが好ましく、特に0.1~2.0重量部とすることがより好ましい。 これらかかる範囲内に設定することによって、さらに優れた表面硬化性や内部硬化性を発 現すると共に、低い黄変性を有するという効果を得ることができる。
これら連鎖移動剤の添加量は(A)~(C)成分の合計を100重量部として、0.001~1 .0重量部であることが好ましく、また、特に0.01重量部以上0.5重量部以下であ ることが好ましい。これらかかる範囲に設定することによって、さらに光重合に伴う硬化熱による熱痛を低減する事ができ、機械的強度が担保される。
とされています。
表面硬化性が良くなることで、ふき取る未硬化成分が少なくなり、皮膚への付着の可能性も減りますし、艶が出ないといったリスクも減らすことができます。
もしかするとチオールの反応は酸素による重合阻害を受けない為、ノンワイプトップとして使うことができるかもしれません。
サクラクレパスからチオールを含むジェルネイルの保管安定性について特許が申請された
このようにチオールを使ったジェルネイルはいいところばかりのようにも見えますが、大きなデメリットもあります。
チオールはチイラジカルを経由して反応しますが、ラジカル重合というより、付加重合であり、光重合開始剤を必要としない反応です。
つまり保管中に暗所であっても、重合が進む可能性があります。
店頭で、または倉庫で保管しているだけでも重合してしまう可能性がありますし、購入した時に問題なくても、購入後に硬化してしまう可能性もあります。
また反応は基本的に高温化で促進されるため、夏の暑い日に家に置きっぱなしにしておいたり、直射日光のあたる位置にあるだけで温度があがり、硬化してしまう可能性もあります。
そういった危険性をサクラクレパスは懸念してか、チオールを含むジェルネイルの保管安定性に関する特許を申請していました。
多官能チオール化合物、及びtert-ブチルヒドロキノンを含有し、該tert-ブチルヒドロ
キノンの含有量が300~4,500ppmである光硬化性人工爪組成物。
上記のように、公知の光硬化性人工爪組成物は、硬化性に優れ、かつ塗布し硬化した後
の特性に優れるものである。しかしながら、光硬化性人工爪組成物入り容器を一旦開封す
ると、通常は使い切るまでに長期間を要するので、その保存期間を経過するにつれて、内
容物である光硬化性人工爪組成物が少しずつ硬化する。その結果として、光硬化性人工爪
組成物の粘度が高くなり、塗布性に劣り、ひいては、十分に綺麗に塗布することが困難に
なる。
本発明は、このような支障の発生を防止するために、一旦開封した光硬化性人工爪組成
物入り容器を長期間にわたって保存しても、硬化することがなく、粘度が上昇して、塗布
性に劣ることがない光硬化性人工爪組成物を得ることを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、特定の組成物からなる光
硬化性人工爪組成物とすることで、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成す
るに至った。
これがまた面白いことに、先の松風の特許は2017年6月22日に申請されており、このサクラクレパスの特許は2017年8月10日に申請されています。
つまり同時期に同じような研究を二社はしていたということです。
それほどその技術がトレンドであったのか、実は同じようなコンセプトの製品開発をしていたのか、または実は共同研究状態で、松風にサクラクレパスが技術提供をしていたのか定かではありませんが、非常に興味深いです。
昔はシャイニージェルからサクラクレパスのジェルネイルが販売されていましたが、今現在ジェルネイルがサクラクレパスからは販売されていないので、松風と共同研究をしており、松風からネイルラボ・プレストブランドで製品が発売されている可能性があると思います。
二社の協業により、硬化熱がなく、保管安定性の高いトップジェルが発売されることを楽しみにしましょう。